機械を買う機会

機械を買う機会

最近、空気清浄機を買った。
購入した理由は、昨今の情勢で在宅勤務が多くなったこと、加湿機が欲しかったこと、そろそろ花粉が飛び始めること(ちなみに僕は8歳から花粉症持ちのいわば花粉エリートである)などさまざまあるが、一番の理由はAmazonの正月セールで何か買わないと損した気になりそうだったので、駆け込みで買ったことだった。
いまとなっては完全に消費社会に踊らされてしまったと少し後悔している。

それでもギリギリまで買うかどうかを悩み、最終的には、家電量販店で働いていた姉に電話で相談し、買ったほうがいいというお墨付きをいただいたので、満を持してその白い物体を家に招き入れることにした。
ちなみに先日相談した姉ではなく、こちらは僕が本当に心の底から信用している方の姉のことである。
そして何故か僕は姉から「ぼっちゃん」と呼ばれている。
理由は知らない。

頼んだ数日後、無事に空気清浄機が届いたのだが、届いてからとにかく驚いたのはその大きさだ。
想像よりよっぽど大きく、その大型ルーキーの存在感に少し圧倒されたが、こっちも一人暮らしを10年近くやってきた中堅プレイヤーである。
ここで怯んでしまうと舐められてしまうということを、僕は経験上知っていたので、「ふーん、なるほどね」と軽くいなしてみせた。

買った後に言うのもなんだが、正直なところ空気清浄機なんて金持ちが道楽で買うものだと思っている。
実家に空気清浄機が無かったという理由が大きいのだが、そもそも空気を清浄出来ているかどうかなんて目で確認することが出来ないし、仮に今まで清浄な環境でなかったとしても、この歳まで元気に生きてこれたわけなのだから、何の問題もないと本気で思っている。
あと、お掃除ロボットも絶対にいらない。
自分でやった方が断然効率がいいし、絶対綺麗になるからである。

なので買ったのは良いものの、あまり信用しておらず、最初の頃は訝しむようにその白い物体をみていた。
僕が彼に求めているのは、空気の清浄力よりも加湿力の方だった。

僕の中での加湿器のイメージは、実家で使っていた加湿器なのだが、それが森の奥で魔女がぐつぐつと鍋を煮詰める時に出るくらい大量の煙を吐き出すものだった。
なので、スイッチを押しても全く煙を出さない空気清浄機に対して「おいおい冗談だろ?そんなんで湿度が上がるのかい?お遊びじゃないんだぜ?」と鼻で笑っていた。だが、ぐんぐんと上がっていく湿度計を見て思わず息を飲んだ。
そして、心なしか部屋全体の空気が澄み切っているように感じてしまった。

いま思い返せば、その頃から少しずつ彼に我が家の主導権を握られ始めていた。

突然けたたましい音を上げて、空気の清浄を始めるので、全くテレビの音が聞こえなくなり、仕方なくテレビの音量を上げる。
すると数分後には大人しくなり、逆にテレビの音量が大き過ぎるので、また仕方なく音量を下げる。

部屋でとんこつ味のカップラーメンを食べる。
すると蓋を開けた瞬間から、けたたましい音を上げるので、もう部屋ではラーメンを食べないことにした。

そしてあげくの果てには、一定時間経つと赤いランプを点滅させて喉が渇いたと言い出すのだ!
僕はお屋敷のおぼっちゃんの面倒をみる専属のメイドかのように、その都度キッチンに行って水を汲んでは戻ってくることを繰り返すハメになってしまった。

気付けば彼中心に回り始め、我が家は完全に乗っ取られてしまった。
これはまずい。
なるほど!これがシンギュラリティというものか!と肌で感じた瞬間だった。

しかし、こうなってしまってはこちらも人間としてのプライドがある。
無論だが、負けるわけなど出来るはずがない。
どうにかいっぱいくわせてやる方法はないかと天井を見ながら思案していた頃、空気清浄機に赤いランプが点滅していたのが視界の端に見えた。
ここぞとばかりに見て見ぬふりをして、少し放置してみた。

みるみるうちに下がっていく部屋の湿度、大人気ない自分の態度。

それでも赤いランプを点滅させながら、もくもくと稼働し続ける健気さについにはやられてしまい、「ごめんね、悪気はないんだ」とDV男がよくやる手口で優しい言葉をかけつつ、キッチンに行ってタンクの水を補充するのだった。

いま僕はAmazonでお掃除ロボットを検索している。

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