感情無理矢理二極化論

僕には、感情がスイッチ式の人間と、感情がレバー式の人間という2種類が存在しているという持論がある。
スイッチ式の人間というのは、嬉しい時や悲しい時にパッと感情表現が出来る人間で、側から見ていてとても清々しい。
なんとなく周りから愛されているイメージがある。

逆にレバー式の人間というのは、喜怒哀楽が出やすい場面でも感情がなかなか出にくく、尻上がりで感情のメーターが高まっていく。
だが、高まった頃には手遅れになっていることがほとんどの人生だ。

そして僕は紛れもなく後者の人間である。

この間、仕事の帰り道に寄ったコンビニの店員さんとこんなやりとりがあった。

「いらっしゃいませー」
「あのーすみません。あらびきポークフランクください」
「はい?」
「あ、あらびきポークフランクを…」
「………はい」

結局あらびきポークフランクを買うことは出来なかった。
街灯に照らされた薄暗い夜道を歩きながら「次はショーケースを指さしながら注文したら伝わるよな」と、あらびきポークフランクと一緒に飲もうと楽しみにしていたホットカフェラテで、あらびきポークフランク分の悲しみを潤したのであった。

そんな人間なので、もちろんサプライズをされることもあまり得意ではない。
理由はシンプルで、とにかく良いリアクションがとれないのだ。

もちろんサプライズされることは嬉しい。
プレゼントも嬉しい。
自分の為に時間を作ってくれた事が嬉しい。

だが、嬉しいとか嬉しくない以前に、素直に驚いてしまって思考が止まってしまい、リアクション待ちをしている相手と、永遠にも思える無の時間が訪れる。

そんな人間なのでもちろんサプライズをする側になることもない。
さらには「サプライズすると女性は喜ぶんだよ」という先輩の心優しい助言にも「こいつはメディアに踊らされた犬だ」と野犬のような目で訝しむ始末である。

だが、世の中はサプライズをした方がお互いがハッピーになれるし、それによって社会は円滑に回るし、きっと戦争だって終わるのだ。

それでも、お会計の時に渡されたおつりが明らかに少なかった時、知らないおじさんに路上で突然占いを始められた時。
喜怒哀楽の感情を出すことが出来ずに、ただただ驚き、立ち尽くすだけになってしまう。そして、ことの顛末を迎えたあとに「くそー」という敗北感というか、もやもやした感情を丁寧に包んでお持ち帰りしている。
お待ち帰りした感情を、その後にうまく役立てられたことはない。

どうにか自分を正当化したくて、この話を姉にしたところ「わからん」と一蹴された。
そういえば姉は、間違いなくスイッチ式の人間であった。
まったく羨ましい限りである。

その日は強めに照明のスイッチを切って早めに寝た。

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